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長崎家庭裁判所佐世保支部 昭和42年(家)213号 審判 1967年8月16日

申立人 山田多津子(仮名)

相手方 本橋富夫(仮名)

事件本人 本橋清司(仮名) 昭和三四年三月一日生

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立人は、事件本人の親権者を相手方より申立人に変更する旨の審判を求め、その事由として、「事件本人は申立人と相手方との間に出生した長男であるが、昭和四一年七月一五日父母が協議離婚するにあたり事件本人の親権者を父である相手方と定めた。その後同年八月に至り相手方は事件本人を申立人に引渡す協議が整つたのにこれを履行せず、また相手方の後妻は事件本人の養育を望まないといつている。事件本人も継母に親しみをもたず、家庭的な不満から家具等に放火したりしているので本申立に及んだ。」と述べた。

二、調査官山口須美子作成の調査報告書、当裁判所の審問結果その他の関連資料によると次の事実が認められる。

申立人と相手方は昭和三三年結婚し、その間に事件本人清司と武士(昭和三八年二月生)の二子をもうけたが、相手方は昭和三九年頃から現在の妻チヨとの間に情交関係を生じ、やがて家庭を顧みなくなり同四〇年一二月遂に別居して二人の子は協議の上相手方とチヨに引取られた。翌四一年五月相手方から調停を申立て、同年七月、相手方は申立人に慰藉料一〇万二、〇〇〇円を分割で支払い二名の子の親権者を父とすることで離婚の調停が成立した。当時申立人としては子供を引取りたい意思はあつたものの、生活、養育上の不安、相手方やチヨが困るだろうとの考え等から一応親権者を父とすることに同意したのである。しかし申立人は昭和四二年二月に至り勤務先佐世保○○○センターの所長山田良徳と事実上結婚し(同年六月届出)生活の安定を得ると共に、その頃チヨを通じて、清司がある夜両親の留守に淋しさから障子に火をつけたこと(直ちに消し止め、大事に至らなかつた)等を聞き、水商売の女を母として育てられている子供達の将来に大きな不安を感じて矢も楯もたまらず本件申立をした。右山田良徳には死亡した最初の妻との間に生れた和子(一〇歳)があり、二度目の妻康子とは調停の上離婚し、前記○○○センターの所長として申立人と合せて月収約六万円があり、生活は安定している。同人もまた事件本人の引取りに強い熱意を示している。

一方、相手方が昭和四二年三月正式に婚姻した本橋チヨ(三七歳)は約一〇年前に最初の夫と離婚し、その頃水商売に入り、現在は佐世保市○○町で大衆酒場を経営している。事件本人等は最初からチヨによくなつき、チヨもまた子供達を愛し、事件本人と弟武士の仲も親密である。一時は相手方が麻雀等で家を空け、チヨも仕事で帰りが遅いため子供達に淋しい思いをさせたこともあつたが、最近は反省してそういうことのないようにしている。相手方の労務管理士としての年収は約八五万円、妻チヨの純収入が月約四万円である。事件本人に対しては明朗素直に育て、大学まで進ませたい希望をもつているが、将来本人が実母を求めて出て行こうとするときはそれをとめる考えはない。(なお、申立人の主張する、昭和四一年八月相手方との間で事件本人を申立人に引渡す協議ができたとか、相手方の後妻が養育を望まないといつたという事実は認められない。)

三、右認定事実その他諸般の事情を綜合して本件申立の当否につき判断する。

申立人と相手方との離婚に関し、相手方がいわゆる有責配偶者であつたことは明らかであり、前記の事情にてらせば申立人が今になつて親権者の変更を求める気持も理解できないではない。しかし親権者の変更は子の利益、福祉のため必要がある場合に限り認められるものであるところ、その観点からみると、事件本人は今では相手方とその妻チヨのもとで特にチヨの努力によりその家庭にとけこみ、平和な生活を送つているものであり、チヨはその職業にもかかわらず地味な性格と真面目な見識、深い愛情の持主で、事件本人の将来のため特に危惧すべき点は認められない。事件本人が現在の環境によく融和していることは同人の調査官に対する陳述や審問の状況からも窺うことができる。もとより申立人の実母としての愛情は貴重であるが、申立人の現在の夫たる山田良徳とその先妻の子との家庭にはやや複雑な面もあり、その中に引取られることが事件本人のため果して幸福か否か疑問なきを得ない。両親を共に異にし、年齢の近い和子との同居も年頃になれば問題となろう。なお山田良徳の性格にはかなり過激で自己本位な面も窺われる(「調停離婚及び親権者一部変更申し立て経過書」と題する書面記載の同人と本橋チヨの電話内容参照)。相手方の家庭環境が理想的というわけではないにしても、少なくともその方が無難であるという意味において、また事件本人を現在の安定した環境から引離すだけの必要が認められないという意味において、他の一切の事情を斟酌しても本件申立は相当とは考えられないのである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 楠本安雄)

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